「算数嫌だ」から始まる親の不安
娘は、小学校に入学してから学習で苦労してきました。
現在は小学2年生ですが、その始まりは1年生の5月頃でした。
担任の先生から、とても気遣いを感じる言い回しで、
「足し算、引き算、教科書の音読のサポートをお願いします」
と連絡をいただいたのです。
連休明けから宿題が始まり、一字ずつひらがなの練習プリントが出されていました。学校が早く終わることもあり、言葉集めの課題では一緒に外へ出て、看板を見たり図書館へ行ったりしながら親子で取り組んでいました。
私たちなりに頑張っているつもりだったので、その電話は少し衝撃でした。
もっとも、就学前からどこかで気になっていたことでもありました。
娘はこども園出身で、園でも家庭でも特別な先取り学習はしていませんでした。周囲の子どもたちと比べて、読み書きが少しゆっくりなのではないかと感じていたのです。
だからこそ私は、
「就学前にもっと読み書きをしておけばよかった」
と後悔しました。
学校から計算カードが配られ、毎日の宿題で音読、ひらがなプリント、計算カードに取り組むようになりました。
その様子を見ているうちに、娘が学習に難しさを感じていることに気づきました。
けれど、どう支えればいいのかわからない。
何度教えても同じところでつまずく姿に、つい声を荒げてしまった日もありました。
そして、その時に思いました。
このままではいけない。
そう感じて相談をしたのが、1年生の6月でした。
心理検査との出会い
当時、娘は学校を楽しんでいました。
毎朝、待ちきれない様子で登校していましたし、下校後はトワイライトに行くのを楽しみにしていました。
その一方で、忘れ物がとても多かったのです。
毎日のように何かを忘れて帰ってくる。
娘に理由を聞くと、
「トワイライトに行くのが楽しみで、急いで帰る準備をしているから忘れちゃう」
と話していました。
入学したばかりですし、担任の先生も「よくあることですよ」と温かく声をかけてくださっていたので、私もできるだけ見守ろうとしていました。
けれど、ある時、宿題を5回連続で忘れたことがありました。
さすがに多い気がする。
そう思い、児童精神科の医師に相談しました。
すると先生は、私の予想とは全く違うことをおっしゃいました。
「娘さん、学校の勉強につまずいているのではないですか?」
「勉強のことを考えたくないから、早くトワイライトへ行こうとしているのかもしれませんね」
私は驚きました。
忘れ物の問題だと思っていたからです。
すると先生は、
「今必要なことは何だと思いますか?」
と私に尋ねました。
私は、
・忘れ物をしないための対策をすること
・学校の先生に相談すること
・塾などを検討すること
と答えました。
どれも間違っていないと思います。
でも先生は、
「それも大切ですね。でも、まず心理検査を受けることが必要だと思います」
とおっしゃいました。
私はその時まで、心理検査というものをほとんど知りませんでした。
何がわかるのか。どこで受けられるのか。
先生から説明を受け、大学の心理相談室を紹介していただきました。
そして私は、家の近くの大学へ電話をかけました。
今思えば、この時が大きな転機だったように思います。
当時の私は、
「もっと勉強を教えなければ」
「もっと頑張らせなければ」
そんなことばかり考えていました。
けれど、本当に必要だったのは、娘を変えることではなく、娘を理解することだったのかもしれません。
夏休みに心理検査を受けた結果、娘には大きな認知のばらつきがあることがわかりました。
私はその結果を聞いて初めて、娘がこれまでどれほど頑張ってきたのかを知りました。
同じことを何度も間違える。
忘れ物をする。
集中できない。
それは「やる気がないから」でも「努力不足だから」でもありませんでした。
娘なりに精一杯頑張っていたのです。
その事実を知った時、私は娘を見る目が大きく変わったように思います。
理解したはずなのに、不安は消えなかった
心理検査の結果を受けてから、私は娘を見る目が大きく変わりました。
そして幸運なことに、周囲の支援にも恵まれました。
塾の先生は、娘の特性を理解した上で学習をサポートしてくださり、学校の先生やスクールカウンセラー、ピアノの先生とも情報を共有しながら、娘に合った関わり方を一緒に考えていける環境が少しずつ整っていきました。
1学期、学校は好きだけれど学習でとても苦労していた娘は、2学期、3学期になる頃には、学習面も含めてかなりのびのびと学校生活を送れるようになっていました。
だから私は、少し安心していたのだと思います。
けれど、2年生になり、学習内容が難しくなってくると、娘は再び、
「算数が嫌だ」
「学校は好きだけど、算数の授業が嫌で学校に行きたくない」
と言うようになりました。
私は、とても動揺しました。
心理検査を受けて、娘の特性を理解したつもりでした。
「できない」のではなく、「苦労していた」のだと理解したつもりでした。
それでも、親の不安はなくならないのだと思いました。
むしろ、「この子が将来、生きづらくならないだろうか」という不安は、以前よりリアルになった気もします。
そして私は、少し暴走しました。
「算数が苦手なら、音高とかどうなんだろう」
そんなことを本気で考え始めたのです。
もちろん、娘が音楽好きだからという理由もありました。娘は週2回の音楽の授業を楽しみにしていて「毎日音楽があればいいのに」と眠る前につぶやいていました。
でも今思えば、「向いていることを伸ばした方が、生きやすいのではないか」「苦手なことで苦しませたくない」という親としての不安が、とても大きかったのだと思います。
娘は、私から見てとても頑張り屋さんです。
週2回、2コマの塾に通い、宿題にも取り組んでいる。これ以上「頑張れ」と言うなんて酷なのではないかと思うくらい、娘なりに頑張っていました。
だから私は、頑張っても結果につながらず、落ち込む娘の姿を見たくなかったのだと思います。
でも、何より怖かったのは、「娘のために」ではなく、「親の私の不安を解消するために」になっていたことでした。
このままでは、親の私がレールを敷いてしまう。
娘が、自分の人生を生きられなくなってしまう。
たとえ音高へ進学して、算数から解放されたとしても、もし娘自身が「これは親が決めた道だ」と感じてしまったら、それはウェルビーイングとはかけ離れてしまうのではないか。
そう気づいた時、私は少し怖くなりました。
危なかった、と思いました。
苦労はしてもいい。
でも、不幸に感じないことの方が大切なのかもしれない。
今はそんなふうに思い直しています。
そして私は、自分の中に、「不安を、娘を頑張らせることで解消しようとしてしまう部分」があることにも気づきました。
だからこそ、これからも時々立ち止まって、自分自身の不安や期待を見直しながら、子育てをしていかなければいけないのだと思っています。
子どもの可能性を広げたい。
その気持ちは、きっと親として自然なものです。
けれど本当に大切なのは、「可能性を広げること」そのものではなく、子ども自身が「自分の人生を生きている」と感じられることなのかもしれません。
最近はそんなことを考えています。
子どもの可能性を広げたい親と、ウェルビーイング
私はずっと、「可能性を広げること」は良いことだと思っていました。
今も基本的にはそう思っています。
キャリアコンサルタントの仕事をしたいと思っているのも、人の可能性を広げるお手伝いがしたいからです。
選択肢は、少ないより多い方がいい。できることは、少ないより多い方がいい。苦手ばかりより、得意なことがあった方が生きやすい。
親なら、自然にそう願うのではないでしょうか。
けれど最近、「可能性を広げる」という言葉には、親の不安も入り込みやすいのだと感じています。
例えば私は、娘が算数を嫌がった時、
「どうしたら算数で苦しまない人生にできるだろう」
と考えました。
でも本当は、「算数が苦手でも大丈夫」と思える人生を作る方が大切だったのかもしれません。
苦手をなくすことだけが、生きやすさではない。
むしろ、自分の苦手さも含めて、「私は私でいい」と思えることの方が、ウェルビーイングに近いのではないか。
最近はそんなふうに感じています。
もちろん現実には、勉強ができた方が有利な場面もあります。困らない方がいいに決まっています。
だから親として焦る気持ちもある。
でも、人生は「苦手を避け続ければ幸せになれる」というほど単純ではないのかもしれません。
得意なことでも苦しむことはあるし、苦手なことを通して人と出会ったり、自分を知ったりすることもある。
だから私は今、「苦労しない人生」より、「苦労しても、自分は大丈夫だと思える人生」の方が大切なのではないかと思っています。
そして、その感覚は家庭の中で少しずつ育っていくものなのかもしれません。
失敗しても責められない。
うまくいかなくても、帰ってこられる。
頑張れない日があっても、「そんな日もあるよね」と言ってもらえる。
そういう空気があることで、人はまた挑戦できる。
私は以前、「可能性を広げる」とは、できることを増やすことだと思っていました。
でも今は、「安心して挑戦できること」そのものが、可能性なのかもしれないと思っています。
そしてそれは、子どもだけではなく、親も同じなのだと思います。
親である私も、失敗しながら、迷いながら、「どうしたらいいんだろう」と考え続けています。
実は昨日、娘の2年生の担任の先生との懇談会があり、初めてゆっくりお話しする機会がありました。
不安だった学習面については、苦手さはあるものの、今のところ授業についていけないほどではないとのことで、まずは少し安心しました。
学校生活も、課題はあるものの概ねうまく過ごせているようでした。
そんな中で、先生から課題としてお話しいただいたのは、「娘さんは失敗を過度に恐れているところがあります」ということでした。
「学校では失敗するのが当たり前です。失敗を恐れなくていいと学校でも伝えていくので、ご家庭でもお願いします」
そう言っていただいて、私はハッとしました。
私はこれまで、娘の苦手をサポートするために頑張らせることはできていたのかもしれません。
でも、「苦手があっても大丈夫」「そのままでもいい」と伝えることは、まだ足りていなかったのだと思いました。
もちろん、まだまだ私自身も試行錯誤の途中です。
それでも、今回の懇談会での先生の言葉は、私にとってとてもありがたい気づきになりました。
それでも、そんな未完成な親の姿を通して、
「成長途中でもいい」
「失敗しても人生は続いていく」
そんなことを娘に伝えられたらいい。
最近はそんなことを考えています。
コメント