子育てと親の学び直し

目次

「親になってから学ぶ」とは

子育てを始めてから、子どもと一緒に成長していく感覚があります。

子どもだけが成長するわけではなく、親にとっても初めての連続で、子育ては学びの連続でした。

授乳の仕方、哺乳瓶の消毒の仕方、オムツの替え方、離乳食の作り方――。

それまで考えたこともなかったことに、毎日向き合うことになりました。

「発達」「教育」「学校」「社会制度」。
子どもが生まれたことで、それまで遠かった言葉が急に自分ごとになっていきました。

隣ですやすや眠る娘を眺めながら、安心しきっているその姿に、ふと頭を抱えたことがあります。

わからないことばかりなのに、知らないままではいられない。

そんな感覚が、自分の中で大きな変化を生みました。

子どもを通して社会を見るようになり、「学校」「地域」「発達支援」「学び格差」「家庭環境」といったことに関心を持ち、考えるようになりました。

私にとって親になることは、「親だから学ばない」のではなく、「親だから学ぶ」という感覚につながっています。

そしてそれは、テストや資格のためだけではない、生活の中での実践的な学びでした。

子どもを育てながら、自分自身もまた育て直されている。
親になってからの学びとは、そういうものなのかもしれません。

 

学び直しは、家庭全体に循環していく

まず、家庭の会話が変わります。

私は最初、ITパスポート試験の勉強から取り組んだので、我が家では「IT」という言葉が自然と会話に出るようになりました。

「今日こんなことを学んだよ」と話すと、子どもが興味を持って聞いてくれます。人に話すことで自分の記憶にも定着しやすくなり、夫もなんとなく会話の中で使うようになっていきました。

現在はキャリアコンサルタント試験の勉強をしていますが、娘は学校で学んだ「キャリアパスポート」の話をしてくれます。夫は、小学1年生からキャリアについて考える機会があることに驚き、「自分たちの頃にもあればよかったのに」と話していました。

そんな会話が、私自身のモチベーションにもつながっています。

また、娘に「勉強しなさい」と言うのではなく、「ママも宿題があるから、一緒に頑張ろう」と声をかけることで、“一緒に学ぶ空気”が家庭の中に自然と生まれているように感じます。

そして何より、挑戦する空気が生まれることが素敵だなと思っています。

試験前には、私も「怖いよ」「間に合わないよ」「不安だよ」と弱音を吐くことがあります。そんな時、娘と夫は「頑張れ!」と励ましてくれたり、「大変だね」と労ってくれたり、ときには私が勉強できるようにスケジュールを調整してくれることもありました。

試験会場へ向かう時には、ハグをして見送ってくれました。帰宅すると、「お疲れさま」とまたハグをして迎えてくれました。

そして、不合格の結果に落ち込む私を、一生懸命慰めてくれました。

「また挑戦すればいい」
「合格するまで諦めなければいいよ」

娘はまだ小学2年生で、大きな試験を受けた経験はありません。それでも、とても的確な言葉をかけてくれて驚きました。きっと夫の言葉を聞いたり、娘なりに考えたりしているのだと思います。

試験に不合格だったこと自体は、とても悔しかったです。

けれど、不合格という経験を通して、

「また挑戦すればいい」
「合格するまで諦めなければいい」

そんな会話が家庭の中に生まれたことは、私たち家族にとって大切な財産になったように感じています。

もちろん、失敗はしたくありません。

それでも、失敗してもなんとかなると思える家庭の空気があることは、とても大切なのだと気づきました。

完璧であることよりも、挑戦したり、失敗したり、また立ち上がったりできること。その循環を家庭の中で共有できることが、家庭全体の心理的安全性や成長につながっていくのかもしれません。

 

子育て中の学び直しの難しさ

子育て中の学び直しは、効率よく進められるものではありません。

勉強したい時に限って呼ばれる。家事や送迎、習い事など、生活は常に子どもの予定が中心です。

「今日はここまで進めよう」と思っていても、疲れて寝落ちしてしまったり、集中できなかったり、勉強時間が細切れになってしまったりすることもあります。

また、「自分だけの時間」はとても少なくなります。働いていれば、なおさらです。

夜しか時間がなかったり、朝早く起きるしかなかったり。常に誰かを優先している感覚の中で、自分の勉強時間を作っていく必要があります。

そして、学び直しには罪悪感も伴います。

「勉強していていいのだろうか」
「もっと子どもを優先するべきではないか」
「家事が後回しになっている」

そんな気持ちになることも少なくありません。

だからこそ、子育て中の学び直しは、家族の協力なしではなかなか成り立たないものだと思います。

スケジュール調整、応援、理解、支え。

そういったものがあって初めて続けられる部分があります。ただ、最初から理解を得られるわけではなく、少しずつ挑戦する姿を見せながら、徐々に家庭の中で理解を得ていくものなのかもしれません。

けれど私は、子どもの存在がなかったら、おそらくここまで挑戦していなかったとも思っています。

だって、子どもに伝えたいこと、教えたいことがたくさんある。

だけど、どう伝えていいのかわからない。

だからまず、自分自身の人生のために勉強したいと思いました。シンプルに言えば、それに尽きるのだと思います。

私はただ、

「勉強は大事だよ」
「大変だけど、やる価値はあるよ」

この2つを伝えたかったのだと思います。

できれば「今」届いていてほしい。

けれど、もし今すぐ届かなくても、将来、娘が子育てをしたり、人生に行き詰まったりした時に、私の伝えたかったことが少しでも伝われば、それで十分なのかもしれません。

家庭において、そして人生において大切にしたいのは、「効率だけでは進めない」という感覚です。

子育て中の学び直しは、効率よく進められるものではありません。だからこそ意味があり、価値があるのではないかと思っています。

時間がない。思うように進まない。計画通りにいかない。

そんなことは、多くの人がある程度わかっています。

だからこそ、その中で挑戦することに価値が生まれる。やる意味がある。

企業のSWOT分析ではありませんが、強みと弱みが表裏一体であるように、脅威と機会もまた隣り合わせです。

子育て中であることは、時間の制約になります。自由に動けないことも、思うように学べないこともあります。

けれど同時に、子どもがいるからこそ見える社会があります。家庭があるからこそ気づく課題があります。自分ひとりの人生だけでは見えなかった、教育、働き方、地域、制度、そして未来への問いが見えてくることがあります。

制約は、ただの弱みではないのかもしれません。

その制約の中で何を選び、何を学び、どう人生につなげていくのか。

そこに、自分自身の成長だけではなく、家庭全体の成長につながる道が生まれていく。

それが、子育て中の学び直しなのではないかと感じています。

 

だからこそ、学び直しは家庭に循環していく

子育て中の学び直しは大変です。

けれど、その挑戦は、自分だけで終わるものではありませんでした。

また、効率だけで考えれば、子育て中の学び直しは、一見すると合理的ではありません。

それでも私は、その挑戦が家庭全体に循環していく感覚を持っています。

親が子どものためにできることは、たくさんあるようで、実はあまり多くないのかもしれません。

生活の基盤を整えることはできます。けれど、代わりに学校へ行くことはできないし、友だちを作ることもできない。勉強も、結局は本人がやらなければ意味がありません。

子どもの人生だからです。当然のことですよね。

親にできるのは、子どもが「やりたい」と思った時に、それを邪魔しないこと。そして、挑戦したいと思えるような環境を整えること。そのくらいなのかもしれません。

娘が小学2年生になり、少し寂しく感じることも増えてきました。

きっとこれから、もっと手を離れていくのでしょう。

だからこそ、一緒に頑張りたい。

私自身の人生も成長させたいと思うのかもしれません。

一緒に頑張ることは、これから先もできることだと思うからです。

私は、かっこいいおばあちゃんになりたいと思っています。

幸せそうに中年期や老年期を過ごしている私を見て、娘にも未来への希望を持ち続けてほしい。

本気でそう思っています。

そういうことこそ、家庭の中で自然と学んでいくものなのではないか。

そして、それこそが親にできること、家庭にできることなのではないかと感じています。

 

親も成長途中であることの可能性

親になった頃は、「ちゃんとした親にならなきゃ」と思っていました。

子どもに何かあった時に、正しく導ける親でいたい。困った時に全部答えられる親でいたい。そんなふうに思っていた気がします。

でも実際は、わからないことだらけです。

そして私は、そんな親にはなれないし、そもそも私はそんな親をあまりほしくないのかもしれない、と気づきました。

子どもの成長と一緒に、親の私も毎回「どうしたらいいんだろう」と考え直してばかりいます。

私はこれからも、完璧な親にはなれません。

というより、完璧な親なんて存在しないのかもしれません。もしかしたら、娘しか答えを持っていないのかもしれない、とすら思います。

私にとっての「完璧な親」は、失敗ばかりで、自分も失敗しやすい空気を作ってくれて、小さなことですごいねと感心してくれて、悪い人じゃないから好きだけど、少し頼りなくて、「自分が頑張らなきゃ」と思わせてくれる親かもしれません。

そう考えると、しめしめと思っています。

もちろん、そんなにうまくいかないこともわかっています。

でも最近は、そのくらいの感じがいいのかもしれないと思うようになって、なるべく自分のやりたいことをやろうと思うようになりました。

だって、ちゃんとした親なんて、少し息苦しい。

つい子どもにも「ちゃんとしてほしい」と思ってしまうことがあります。でも、本当はそんな親でいたいわけじゃない。

むしろ、ちゃんとしていない娘にも、「ありのままのあなたが好きだよ」と言える親でありたい。

そこまで無償の愛を持てるかと言われたら、正直なかなか難しいのですが。

せめて、できない日があってもいい。失敗してもいい。遠回りしてもいい。

親の私自身が、そうやって悩みながら生きることで、娘にも「成長途中でいい」と伝えられるようになれたらいい。

家庭も、完成された場所ではなく、みんなで少しずつ作っていく場所なのだと思います。

親が整えてくれた家庭というより、自分がいることでよりよくなっていく家庭。

少しでも、「ちゃんとした家庭」を目指すより、たくさん失敗して、たくさん励まし合える家庭でありたい。

そんな空気が、子どもにとっての居場所になったり、未来への可能性につながったりするのではないか。

そんなふうに感じています。

 

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この記事を書いた人

家庭・子育て・学び直し・キャリア形成について関心を持ち、「家庭を小さな協働組織として見る視点」から研究と実践の記録を続けています。

子育てや学び直しの経験を通して、家庭は単なる生活の場ではなく、人が挑戦し、支え合い、成長していく基盤になり得るのではないかと考えるようになりました。

現在は大学で経営学と心理学を専攻し、キャリアコンサルタント資格取得に向けて学びながら、家庭・キャリア・心理的安全性・ウェルビーイングについて考えています。

このサイトでは、日々の実践や気づき、研究テーマについて少しずつ記録していきます。

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